今でもわからない。財布とパスポートを失くした旅行者を助けるべきだったのか。
場所:マレーシア・クアラルンプール
クアラルンプールにある国立モスクの前を歩いていた。
赤道に近い東南アジアの都市でクーラーの無いエリアを10分も歩くと暑い。さらに地味な上り坂がじりじりと体力と気力を奪う。
そこで彼に出会った。
親しげな笑顔で声をかけてくる。汗だくであることを差し引けば、小綺麗な身なりをしている。黒縁眼鏡にGショック、紺色のシャツの前のボタンを留めている。
「日本人ですか?」
なぜか日本語だった。普通なら外国で日本語を話す人には警戒する。そもそも日本人をだますために日本語を学ぶという人たちはどうなってるのか。
しかし、その時はなぜか真正面から応対した。胡散臭いものを感じなかったからだと思う。
英語に切り替えて聞いた話をまとめると、マレー鉄道でクアラルンプールまで来たのだが、列車に財布とパスポートを忘れてしまったようで失くしてしまったらしい。そこで、鉄道運賃を貸して欲しい。その担保としてスマホと腕時計を預かっても良いと言う。
懸念事項
いくつか引っかかる点がある。一番気になるのはこれが詐欺ではないかということだ。お金を貸しても帰ってこない。担保のスマホと腕時計は偽物なので失っても惜しくない。
世の中には他人を騙す人がいる。どこかで読んだ情報によるとマレーシアで注意すべきなのはカード詐欺だと聞く。親しくなってから家に誘い、トランプでギャンブルをして大金を払わせるらしい。
シンガポール人であるという証明
とりあえず、シンガポール人であることを証明してもらおうと考えた。
本当にシンガポール人なら犯罪に手を染める可能性は低い。(シンガポールは先進国なので、市民がこんなしょうもない詐欺をするリスクとメリットを考えると割に合わないと考えた)。クアラルンプールからシンガポールまでの電車運賃は1万円、いや5000円くらいだろうと考えたからだ。
彼は証明としてスマホでFacebookを見せてくれた。本名と写真や友人関係から有効だと考えたのだろう。しかし、これは偽造できるので証明にはならない。
結局、彼の国籍を証明する方法が見つからなかった。
自身をシンガポール人だと偽る手法は本で見かけたことがある(『ASIAN JAPANESE』『アジア迷走紀行』)。シンガポール人が多様なので、見破りにくい。多少の違和感もシンガポール人という誤差の範囲に収まってしまう。
パスポートという問題
もう一つ疑問だったことがある。たとえ彼が金を持っていたとしても、パスポートがないので国境を越えてシンガポールに戻れないはず。
しかし、この問題は解決の見込みがあるらしい。マレーシア国内のシンガポール大使館が再発行(または仮の書類)するように依頼したか、これからするつもりだと言っていた。
それに国境の街ジョホールバルまで行けば、シンガポールから家族や友人が助けに来てくれるかもしれないので、パスポートがなくても状況は良くなる。
提案
5分ほど話した結果、結局私は飲み物代くらいの少額なら上げると申し出た。「少額を大勢から集めてはどうか」と提案した。
しかし、彼は苦い顔をして断った。青ざめた表情は隠しきれていなかった。すんなりと受け入れてくれて、強引な行為などは一切なかった。
私はその場を立ち去ったが、後ろめたさが尾を引いた。
20分後に戻ってきたときには彼の姿は見つからなかった。その後どうなったのかは分からない。
後悔
今回助けなかったことで、自分も同じ境遇になった時に激しく後悔してしまいそう。正直言って、シンガポールまでの運賃なんて大した金額でないだろうし、その時に十分な金額を持っていたはずだった。別に騙されて失っても、善行をしたと考えればむしろプラスだったかもしれない。
観光の時間が減ることも全く困ることではない。クアラルンプールなら今後何度でも行く機会があるはず。
解決方法
現金ではなく現物で譲る。転売すれば無意味だけど。
<マレーシア旅行記>